2009年11月10日

舅の思い出(前)


じゅんじゅん

出されたものは文句を言わずにすべて平らげる。それが美徳と受けた教育を

人生の最後まで実践しえた舅は、幸せであったかもしれない。

高度成長経済を支えたスーパーサラリーマン世代の舅は、その世代の多くが

悩まされた糖尿病を患っていた。心筋梗塞1回・脳梗塞2回を生き延びて

サラリーマン生活を終えた舅は、農家の次男坊というより、引退した政治家

のような顔をしていた。長年の苦労と病気でそれだけ老けていたのだろう。

フルブライトでアメリカ留学もした舅は、庭と言えば芝、コーヒーといえば

ブラック、パジャマの上にはガウン、考え方にも生活様式にも自分の

スタイルを持っていた。

長年務めた企業が整地して売り出した80坪の注文住宅に住み、庭には彼の

好みとは違う、親戚から贈られた石が鎮座していたが、「人間、上を見たら

切りがないよ」そう言って、天を仰ぐように眼をつぶった。

ここまで来るのも大変であったのだ。東大入試に失敗し中央大を卒業した舅

は学長推薦で就職し、同期3人の重役中ただ一人の私大出となるまで、かなり

頑張ったはずなのだ。留学もその就職後のことなのである。

その長男である私の夫が、40過ぎても独身であることは彼の一番の気がかり

であったろう。「お金さえ持っていれば、年をとっても、面倒見てもらえる。」

という姑に、「それじゃ(まっさんの名)がかわいそうだろう。結婚しなく

ちゃ駄目だ。」と怒っていたという。

舅と姑は気の合わない夫婦であった。生い立ちも受けた教育も違う。晩年

認知症となった舅はその不満を「商人は嫌いだ!」という一言に集約して

表していたが、「学問とスタイル」を手に入れる人を支えるためには、経済力

が必要なことは、白洲次郎の例を持ち出すまでもなく、言うまでもないことだ。

フルブライトで留学中も給料は出たが、その給料から姑は舅に送金し、自分は

内職をして金を稼いだのだ。手先の器用な姑が作った木目込み人形が仏間に

いくつか飾られているが、「これが結構いいお金になったのよ」と姑はくった

くがない。「必要なだけなければ稼ぐ」それは立派な人生哲学である。

私の母もこのタイプである。

舅は私たちの仲人さんに、「これからは御夫婦ふたりで海外旅行でもして」と

薦められると、「立派なお嫁さんをいただいたので家を建て替えました」と

答えた。楽しい夫婦の老後よりも、舅の気がかりは、まっさんの将来だった

のだと思う。

その家の図面を見てわたしはぞっとしたのだが、3LDKのうちの6畳二部屋

は将来の子供部屋として設計されていた。わたしは「子供が生まれるまで

ひとへやづつ自分の部屋として使えばいいじゃん」というまっさんに、

「じゃなくて、もしも、子供が生まれたら、書斎を子供部屋にすればいいの」

と言って、今の間取りに変更してもらい、まっさんはローンを組んだ。

その「基本的に子供を想定していない図面」を見て、舅は何か思っただろうか。

新居が出来上がるまでほぼ毎日、アパートから、舅は毎日家を見に出かけた。

その間にも認知症は進行し、家が出来上がって、カーテン選びに行った私に

「あなた、ここへ来るのは初めて?」と聞いたのだ。

私は驚愕し舅の認知症を確信した瞬間だったが、まっさんは「親父は自分が

払うのか?とか怒っちゃってさあ。」とオーダーカーテンの値段が高すぎる

から怒ったと解釈していた。だから私の新婚時代は、この認識の差から出発

し、ある程度差が縮まるまで3年を要した。

取り返しのつかない新婚の3年間、私の脳は舅の植民地状態であったのだ。

それでも私は、舅を嫌いだったわけではない。

むしろ男性としては、まっさんより、好きなタイプかもしれない。

私の今は亡き伯父も、叔父も、大正15年生まれだが、昭和2年生まれの舅と

同じ匂いを持っていた。定年前の地位こそそれぞれ違うが、出自とは違う畑で

自分に自信の持てる仕事を持ち、出世した男たちだ。

この「同期の先陣を切る」ということは、学力だけ、政治力だけ、根性だけで

出来るものではないのだ。



舅の思い出(前)



Posted by massan&junjun at 21:28│Comments(2)
この記事へのコメント
長男の嫁としては 続きがとてもきになります(^^)
Posted by hanabusahanabusa at 2009年11月11日 08:20
雨が降ると 舅を思い出す
私がなぜ まっさんの両親と同居することにしたか
一番の理由は 舅に頼まれたからだ
「年寄りだけで住んでると どろ棒に入られて えいっってやられちゃうから 居るだけでいいから」と。
「そうか 居るだけでいいなら 居るか」と単純な私は了解したのであった。
Posted by じゅんじゅん at 2009年11月11日 17:03
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