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2013年11月19日

じゅんじゅん注文したソフトクリームを食べずに店を出たこと







じゅんじゅんです



みなさん ソフトクリームってご存知ですよね

あんみつでも アイスクリームの乗ったのと ソフトクリームのとありますね

そもそも目の前に置かれたそのブツが ソフトクリームじゃねえじゃねえか

っていう形状だったのもありますが むしろそのことに対する文句より

その前 運んでくるときの店員の態度が 嫌だったんですよ

にこにこしてようが仏頂面だろうが 忙しい昼時ですから別に気にしや

しませんよ だけど アイスクリームを運ぶあれ ありますでしょ

あれにワッフル(ワッフルかい?!気分じゃないよなあ ソフトクリームは

コーンが合うと思う 店頭の看板もイメージのソフトクリームだったぞ)

のソフトクリームを差して運んでくるんですけれど。。。

店員の指が そのワッフルにかかっている いいえ!がっちりワッフル

のとこつかんでいる 紙の部分つかむのさえ 運ぶあれを使ってる場合

許されんはず どころか がっちりワッフルつかんでる指がむっくり

目の中に飛び込んだ!!しかも!!!!!その指には本来

バンドエイドで保護すべきな 生々しい穴目の切り傷が! げんなり


この病院では(病院の出口に併設されたお食事とデザート 酒も注文

できる和食系の店なんですよ)時々 っていうか 外来で行くと毎回

どこかで初老の男性が きのうは中年て言わないと自分のことだと思わ

ないような感じのおじさんが(って 同じくらいの年だったりするんでしょうね

もしかして年下だったり?!) 頭煮立てて怒りのクレーマーになって

いるんだが いつもは否定的なじゅんじゅんなのに なぜか

過去をフラッシュバックしながら あのおじさん このおじさん(例の

白内障手術の時のおじさんは別) に 気持ちわかるかも と

心の中で今更のエールを送ってしまったの

しかし それだけに 自分が正しいと信じてても 怒りのクレームの姿は

美しくない

おまけに自分の心臓にもよろしくない

エネルギーの無駄であるばかりか カロリーも減らない

むしろ食べなきゃカロリーとらんですむ

インフルエンザの予防注射の受付時間は多少早くいっても座るところ

くらいあるだろう

断固食べないことにしました しました もちろん

外来で来て指の傷のばい菌頂いて帰る気ないですし

思っていたソフトクリームと違うし

なんかワッフルの中の アイスクリーム(機械で注入したソフトクリームと

いうよりアイスクリームすくうスコップのへらで三回くらいなでつけたように

見える)ワッフルに着られちゃってるように少ないし

ますます看板のソフトクリームじゃない!!

しかもワッフルに着られてるにもかかわらず その打掛の中で首が

折れそうなんですよ!!

作り直せよってレベルなんです だからつかんで運ばなきゃなんな

かったわけで そんな失敗作にして不衛生なもの客に食べさせるなよ!


今日は暑かったので 食べたかったんですがね

インフルエンザ予防注射の前に生ビール飲むわけにもいかんでしょ

いや気温は生ビールってほどじゃない 日差しがソフトクリーム気分

だったのだ ま 台無しですがね


定価350円なりのソフトクリームを虚しく見つめる

けしからん!と波平なら言うところでしょうが

マンガで指が入って運ばれてきたラーメンに怒る波平 謝らない女店員

店主が 社長すみません!と波平に 女店員には お嬢さんもキゲン

直してぇ と間に立って両者をなだめる って場面がありましたな

あれって今から40年以上前に長谷川町子さんが描いたものですよ

目撃されたのか あるいは波平ならぬ当事者だったか

クレーム入れずに食べずに出たかもしれませんね当事者だったら


そんなことも思い出しながら 本当は料金を払うべきじゃないんでしょうけど

いいや ここでソフトクリームは二度と注文しなければいいんだ

肝に銘じよう とひとりごちて 運ばれて首は折れそうだがそうそう

溶けそうにもないソフトクリームをテーブルに中央に置いたまま

席を立ちました


すると! ふんだりけったりとはこのこと 

1530円の会計に二千円を支払ったら いくらおつりが来たと思い

ます? なんと復唱しながらレジ打って おつりは430円だって

いうんですよ はああ????

レシートにもおつりは470円と出てるぞ 無駄に暗算する必要はない!

私はいつもそこのレジでは おつりから10円づつ 盲導犬の箱と

介助犬の箱に募金する習慣なのだ

その店は独占企業よろしく 消してお安くないので 私の頼むメニューは

ランチの定食(いまどきはカキフライ)か天せいろそば 1180円だ

きのうは350円のソフトクリームをたのんだので おつりに10円玉

二枚くるから いつもどうりにおつりからそのまま募金できるなと

漠然と計算して レジに向かったらこれですよ

もちろん 呼び戻して 40円かえしてもらいましたよ

正確には10円かえして50円もらいましたよ

ついでに ソフトクリームに代金もかえしてもらうのが正しいことなんだろう

けれども 今の私には そんなエネルギーがないな

この店は 去年ぐらいから 忙しいからか知らないが オーダー通した後

すぐに請求書を お先で失礼します とかいいながらテーブルの上に

置いていくようになりました

失礼を承知で 品物が来る前に 請求書を置いていくんですな

その失礼ですが の決まりきった向上になる前は よろしいですか?

という断りがあったはず

たぶん よろしくないがやむおえんですな くらい言われたことだろう

もう初老の男性にそんな方はおられないので 90近い老紳士を勝手に

思い浮かべるわけだが たぶん それ以降 お先ですが失礼します

みたいな 丁寧なつもりかこの野郎 な 決まりきった口上になった

ことだろう

戦後生まれ(もはや死語だな 憲法9条もなくなり 秘密法案も通った

あかつきには 徴兵制も復活するかってなきな臭さですからね

90になった私が おいくつですかと聞かれ これでも戦後生まれですとか

答えると たいしたジョークになってたりするんじゃないか これぞブラック)


いつわりのソフトクリームの看板は紛らわしいのでどけて

そのかわりに同じ大きさの看板を入り口正面に掲げて

当店ではオーダー後 ご注文の品物がテーブルに運ばれる前に

請求のレシートをテーブルに置かせていただいております

大変失礼ですが (ここにそういうシステムにした理由を述べる)

なため ご理解ご協力をお願い申し上げます

と周知させるべきだろう

どうせ客は病院に長年通ってるリピーターの客だ って態度見え見え

気に入らなきゃ隣のスタバか 地下のキムラヤで食え

駅前のビルにも店はたんとあるぞ 雨風ふかれても歩いて五分だ

ってことなんでしょうね


失礼ですがを一度許すと どんどんえすかれーとするんでしょうか

たぶんそうでしょうね

請求書が先 というのも そうしないと食い逃げする客が多くて

という理由じゃないでしょ オーダー通したらさっさとテーブルにもっていけ

ば 客の食後のタイミングを見計らうという負担がなくなるからでしょ

客本意ではないが 合理的経営ってやつですか

で 品物は ぎょぎょぎょな感じに運ばれてくるわ おつりは少なく間違う

は もちろん多くもらっても文句言いますよ おつりの10円玉二枚を

募金する決まりが自分にありますからね 10円玉二枚無いと困るのよ

なにせ通院が月に一度じゃすまないし 一食抜くということができない

事情もあるのでね そばは駅前の地下の店の方が少しうまくて少し安い

去年の春先まではそっちへいけたが 夏からはしんどいんですよ

杖の上にA4書類が入るバックなんかかかえて信号待ちして歩いて

行くのはね

だから今回は50円 100円募金するかってわけにはいかない

月に40円としても年間480円以上になります

それにおつりから10円づつ募金してるのは デモンストレーッション

なのですよ ほかのひとも10円のおつりを入れてくれないかなって

あの忙しさから言って 全員が10円づつ募金してたらあの箱は

一日以下でいっぱいになりそうです じゅんじゅん愛用の500円玉で

10万円たまるバンクよりはちょっと大きいが 30万円たまるバンクの方

ではちょっと大きいかもしれない たぶん100円玉なら5万以上たまるが

入っているのは一円玉五円玉が多いからな つまりおつりからじゃなく

財布の中の一円玉五円玉を入れていく人が多いってことだな

とにかく一度失礼体制を許すと 歯止めは聞かない ということですね

いっそ食券にすればって感じ

病院の中に 食事をする場所がないんですよね

地下の売店の横や ローソンの横に 何ともお粗末なスペースが

あるんですけど とても食べる気にはなりませんよ せっかくおいしい

パン屋が入っていてもね みんな家に帰って食べるんですよね


ここの病院は 病室にもデイルームがなく ベッドの脇でぼそぼそ

食べるシステム

その思想のまま 外来でも 患者様のお食事には無関心なのだろう

上の方の階にホテル直営のレストランが前はあったが なくなって

研究室になってしまったとか

あたらしい病棟が立ったと思ったら そこは人間ドック専用の個室だ

相変わらず一般病棟は男女共用浴室に30分交代で入るし 個室にも

トイレしかない 

学校給食がおうちでの食事レベルに引き上げられているらしいが

大学病院の入院生活は おうちでの生活レベルに引き上げられない

なんか養鶏場の鶏の写真でも嫌味に病棟ロビーに貼ってやろうか

と思うくらいだ

もちろん 一泊すると二泊分取られる個室代が病院経営には焼け石に

水なのかもしれないが?

下手な医者が採血するとシーツを平気で血で汚すので

週に一度の交換の決まりのシーツをそのたびに交換しなきゃならない

明日でいいですか と聞かれたら返事をしないのだ

一日早く交換してくれればいいじゃん 明日の採血の後は知らんがな


なんか病院併設の店へのクレームが 病院に対するクレームに

なっていったな

ソフトクリームの分の代金分は愚痴ったので このくらいにしておこう


しかし病院にはクロークが必要だとおもう

今日皮膚科に来てた30代のママは ベビーカーに病児をのせ

ままバックらしきものを3袋もぶらさげていた そして酸素ボンベを

3歳くらいのお兄ちゃんにひかせていた

車でパパと来たらしいが 駐車できず帰ったのか 車の中で寝てるのか

姿はなかった 夫って三歳児より役に立たないのか? まあ けんかに

なるより離れていたほうがいいかも 男って待つの苦手ですぐイライラ

するばかりでなく同伴者にそれをぶつけるからねえ 運転も疲れるしな

みんなコートやらバックやらをかついで ベビーカーや車いすを押している

病院内をファイルやら何とか票やらをもって移動する

じゅんじゅんはプラス杖なので 手の甲が痛くなります

皮膚科で無理言ってスミルス軟膏を出してもらった

ただじゃないのに本来は云々と怒られながら おこるなら代金も持ってw

今月はまた来週も病院 採血検査は午前中にしなければならないのに

診察は午後 またお先ですが失礼しますの世話になるしかないのかな

地下のキムラヤで壁に向かってお食事も味気ないし 

外来患者にクロークと持参した弁当を食べられるカフェテリアを

関西あたりにはもうあるかもなクローク付 あるいはロッカー千台くらい

備え付けの病院が もちろん荷物を少なく通院する工夫も必要ですけど

病人は荷物が多いものなんですよ ほんと 

  


Posted by massan&junjun at 04:57Comments(0)

2013年11月18日

清洲会議をみた




じゅんじゅんです


三谷幸喜は笑っていいともに出て 言った

わたしは土下座ってのが大嫌いです

ふん そうですか

その時特殊メイクの話をしていて 織田家の人間は 肖像を見ても

みんな鼻がでかいから 特殊メイクで俳優の鼻を大きくしました と

そして自分も耳を大きくして出ていた


なぜ清洲会議を観に行ったかというと まっさんが午後暇だったから です

じゅんじゅんが付き合ったのは 観る前に謝罪の王様のついでに

批判したからです みないで面白くないはずだ と言うのも無責任ですしね


感想を言うと。。。先週のほんまでっかでの某先生の言をかりるなら

「まだまだのびしろがあります」という三谷氏に

「そう思ってるのは本人だけ!」

そう 映画にする価値があったと思ってるのは本人だけでは?という

疑問が。。。

役所広司はお市さまに嫌われているのに気付かないで好意をあらわすのが

演技としてむつかしかったと答えています

清洲会議 跡目を戦でなく会議で決めるっていうのがめづらしい と

三谷氏は思ったそうだが むしろ戦で跡目を決めるほうがめづらしいので

は?

だから応仁の乱とか関ヶ原(では体制は変わらず政権交代は大阪

夏の陣で豊氏を滅ぼした後)とか 戦があると歴史的大事件になる

わけで 当主が死のうが殺されようが子孫がいれば粛々と続いていくので

あって 重役が会議で決めるってところが さすが織田政権株式会社だわ

というところでしょうか 武家って会社っぽいですよねもともと

清洲会議を今更映画にしなくてもというのは 絵本太閤記をはじめ

人口に膾炙した出来事だからです

次男(実は三男だが生母が嫡男と同じなので次男とされた)信雄や

三男(母親がとるになりない身分だったため、先に生まれていたにも

かかわらず三男とされた)信孝

どちらもすでに信長により他家に養子に出されており もはや織田家

を代表する人物ではない

家督を相続していた信忠の正妻とされる松姫だが婚約が成立した

だけで実際に輿入れには至っておらず 家系図では信忠正室とされるも

出家して一生不犯で過ごしたはずなので 信忠も松姫に敬意を表して

正妻を持たなかった説があり 三法師の母親は名もない侍女であった

はず  三法師が正妻の生んだ嫡子ならば 会議なんか開く必要は

無かったと思われるから どこにでもよく出る剛力彩芽だが

この映画に必要なかったと思われる

仮に 三法師の母親が松姫という説で押し通すなら

それなりの脚本を書いてもらいたい

老けたお市さまの手練手管はいらんから

そもそもお市が勝家に嫁したのは 自分の味方をしてくれたのに

いいとこなしで終わった勝家に報いるために 信孝が叔母に頼み込んだ

のだろうという説もある

そもそも秀吉が光秀を討って御屋形様のかたき討ちをしたと威張っている

わけだが 信長の法要はお市が先手を打ってやってしまっていて

あわてた秀吉は 遅ればせながら盛大に法要を行った などということも

ある

お市は誰よりも一番 信長亡き後の織田家で 信長に近い人間として

ふるまっている

三法師など眼中にはないのだ 誰も

そこに目をつける秀吉の慧眼が お市のプライドやほかの宿老たちの

鼻を明かしたのが清洲会議であるので その秀吉を利用した松姫

なる人物を造型されては おねが脛丸出しで踊っていたりされるより

これがのびしろのつもり? な気分になるのだ


明智光秀おじいさん説はいい もともと謎の人物だ

しかし三法師が織田信長と武田信玄の孫 というのは 誰が唱えた

学説なんでしょうか?


まっさんなんか 滝川一益が遅れてくるのはいいが なんでひとりで

来るんだよ だいたいなんで北条の侍とあんなとこで戦ってんだ

と なんちゃって時代劇に 怒り心頭みたい あなたが観に行こうって

言ったんですけど?

出てくれる人 みんなを出したかったんじゃないの と答えました。

それじゃダメなんだよ

佐々成政は もうちょっとちゃんとした役者にしてもらわないと困るんだよ

会議の場での丁々発止なんかではなく 秀吉得意の根回しと奇襲で

結果はしかるべく秀吉に有利になったに決まっている

秀吉は信長の四男を養子にもらっている

清洲会議の時には生きていたと思われる

信雄 信孝が候補に上るなら 秀勝も 信長の子であること他家に養子に

出ていること 同格だ

ただ信忠と同母であること(濃姫が記録上消えてから事実上の正室格

生駒氏の娘) で信雄が一歩有利ではあっただろう

それで勝家とお市を結ばせて自分の後押しをしてもらおうと信孝が

考えたという推理が成り立つ

秀勝の母親も信長の側室とは言えない身分の女性だったらしいので

秀吉は 信長の嫡男の嫡男(というよりほかに男子がいなかったろう)

という隠し玉を持っていたということだ

この幼児を秀吉に引き合わせたのはなぜか

せっかく信長の乳兄弟 池田恒興を出すなら 信長の乳母であった

彼の母親を暗躍させる手もあった 史実で死んでるなら その妹でも

なんでもいい そもそも 信長や信忠ほどなら乳母は一人でなく数人

いただろう 本能寺の変の後 安土城まで焼ける混乱の中 誰が

三法師を保護していたか 誰がぐいっと秀吉の前に差し出したか

三法師の乳母とその夫か あるいはほかの武将か

そういう場面もなしに清洲会議の映画なんか作って面白いわけがない

しかし松姫=生母=保護者+秀吉に引き合わせる はちょっと

無理繰りだって いうんです

無理が通れば道理引っ込むというけれど 無理を通すにももうすこし

脚本枚数を使わないとね ほーそうなんだ って観た人が言うと思ったら

大間違い です

最後に織田家の大鼻説ですが 有名なお市の方の肖像画は

楚々とした美女で一見虫も殺さないお姫さま然とした姿にみえても

その娘の淀度やお江 お初(なんで次女なのにお初なのか 淀殿は

信長の娘で 浅野の姫としてはお初だからという説もあるくらいだが

ほんとにどうしてなんでしょう 正月生まれでもないですよね)たちの

どことなく奥様然とした余裕ある 悪く言うと間延びした顔に比べると

ひどく血なまぐさく 勝気に見えてくる がむしろ小鼻だ

普通(中央値よりはむしろ小鼻ただし細高いイメージ)の鼻に

ちまちまと小さい口と目(ただし目は鋭い) 長女の茶々が

供養のために描かせたというから かなり実物に近いと言えよう

この映画のお市様はむしろ淀殿の肖像 に近いかな


万福丸 お市の子でない説もあるし

私個人としては お市はわが子を殺されたから秀吉が許せないのでは

なく 織田家を乗っ取る いやむしろ 織田家をないがしろにして天下人

を狙う そういう下賤のものが許せないのであって

秀吉が未だにお市に横恋慕し執着しているかはともかく お市には

そういう対等な立場 地位にいるものという認識は 秀吉に対して ない

自分は織田家のもので 浅井長政の正妻であり 織田信長なき今は

織田一族筆頭だくらいのプライドがある

松姫なんかを出してきて 織田と武田の血を引く三法師をねつ造

するならそれに徹すべきだし 

話がとっ散らかって終わるかと思いきや 突然松姫のプライドや

お市の意地なんかを 終わり良ければ総て良しみたいにもってくる

ちょっと なあ

秀吉とおねが泥の上に土下座して 勝家たちを見送るというのも

言いたいことはわかるがなあ 清洲会議におねが出張ってたなんて

資料あるのかな おかか佐久間良子も三法師様をあやしていたがな

本能寺の炎上を絵巻でみせる冒頭にはちょっぴり感心しましたよ

やたらお金かけりゃいいというもんではないですもんね

予告のユニバーサル映画 47RONINN ハリウッドもいい脚本がないん

ですね 絶対見ないぞ 柴崎コウが阿久利の方役みたいですが

衣装がクイーンズみたいなんですよ なんちゃって中国後宮衣装


衣装について言えば お市の方の衣装が 年の割に赤をつかって

きれいでしたが 最後秀吉と対面するときの衣装 いきなり年相応?

えらく地味目になるんですね 織田家のシンボル自負と勝家をとりこに

しようという目論見 から 織田家の没落をみすえた深層を表して

いるんでしょうか

本当は そうはいってももう少し面白いのでは?と期待もあったのですが

いや やっぱり直感を信じたほうがいいですね

だいたいお市様 信長死んだとき まだ30代半ばくらいですよね?

おねとそんなに変わらない年なんだし

キャスト無理があったな

どうせなら 信雄と信孝に勘九郎と七之助くらいキャスティングして

ほしいですね

いい役者が結構出てるんですけど生かしきれる話じゃなかったな

三谷幸喜の 清洲会議を映画化するのは自分が一番手という自負も

感じられなかった 

どんどん新しいの作ってくれて構わないと思っているのか

こんなやりようのない話 もう誰も映画化しないでしょと思っているのか

宣伝のためにかなりの番組に出ていますね

そういう労力 もっと詰まった脚本書くために とっておいてほしいな

原作と脚本と監督するつもりなら それに徹して 宣伝は役者に

任せていいんじゃないかな 本当に面白い予感のする予告編なら

みんな観に行くから

自分を前面に出すの もうほんとのびしろありませんからね





  


Posted by massan&junjun at 01:39Comments(1)

2013年11月08日

贅沢貧乏は貧者の誇りか?!



じゅんじゅんです



なんか見ていて読んでいて カチンとくることがあり、その場で忘れ

るものもありますが、どうにも気になることを二つ



一つ目は、ミス・パイロットの相武紗季の髪型です。

なんですか?あの前髪ちょろり

キャビンアテンダント役の女優さんがみんな 規則道理のきりりとした

髪型なのに ださいいっちょ結びでさえ はああ?切れよって思うのに

片側長すぎる前髪ちょろりで顔隠してるってなんの意図?

配役決まった段階で 役作りもかねて髪型も打ち合わせてくれなくちゃねえ

背丈も髪型もほとんど同じの女優二人って配役も不満ですけども

最近の女優って なんで目玉がこぼれそうなほど目がでかいんでしょう

それも不思議ですけども

とにかく いっちょむすびの利点は顔に髪がかからないことですから

前髪ちょろりは せめてピンかぱっちんどめできりっと止めてくれと


まあこちらは軽いジャブみたいなもんですが

気に入らないこと二つ目は ある小説集の第一巻の巻名なんですけれども

「貧者の誇り」というんですよね

優雅なる冷酷 って副題の小説もあったが 

それにくらべても貧者の誇りって 芸がないというか

しかも その巻に収められている小説のひとつが 森茉莉の

「贅沢貧乏」なんですよ

もちろん 森茉莉が「贅沢貧乏」を書いたころは はた目には

赤貧あらうがごとく であったということは語られていますがね

季節でもないのに 網の手提げを下げていて 室生犀星が

おんなひとが持つ ハンドバックというものも持っていないらしい と思って

ひとつお茉莉に贈るんですけど そうすると 子鬼のようになって泣きました

という葉書が来るのでは閉口だったろうとお茉莉自身が書いている

中身は皮肉に読めばそれは 究極の強がり ではあるだろうが

お茉莉が「わたしは卑屈になることができない質だ」というように

けして貧を誇っているのでも まして貧でも誇りを忘れんぞと

言っているのではない

彼女は困ったふりしているのではなく本当に困っているのだが

ただ困っていても卑屈になれない質のせいで威張っている感じになるのだ


まあ私にも覚えがあるが 物心ついてから半世紀ほどもお金に困らず

育ってしまうと まして出戻ったり 病気療養したり ニートだったり

いろいろの理由で規則正しい生活をする必要に迫られず ひとからも

非難されずで暮らしてしまうと 自分の時間も空間も 自分の仕切りで

仕上がってしまうので 花瓶の花は枯れてしまっていてもそれが美しい

とか(つい先日 芥川賞作家もそんなことを言ってたな しかも昼夜逆転

で書くとも) ベッドにかけておくタオルの色合いの順番とか

ベネチアンガラスなんかではないお気に入りのガラス瓶たちを愛でるとか

新聞の山や週刊誌の山がベッドの脇にうずたかく積まれる とか

とってもわかるのだ

お茉莉は裁縫の先生とけんかして小学校を変わるくらいだが

セーターに穴が開いてもかがれないので川に捨てに行くという描写が

あって 燃えるゴミの日に細かく切ってどうどうと捨てられる現代で

良かったと思う 私が子供のころは手編みのものならとくに ほどいて

あみなおすか 穴なら周りの毛糸で都合して穴をふさぐとかして着る

ものだった 

とにかくお茉莉は謙遜しているか自慢しているかと言ったら

断然自慢しているように威張って書いているから誤解されがちだが

文章を飾っているのではなく 文体が豪奢なのであって

自分の生活をそのままに描いているに過ぎない

ただ洗濯物を素手で絞る自分の姿を ラーコンの彫像になぞらえる

文化的素地が体験としてあるだけだ

パアパとフランスの話はもう承りました と 直に聞かされる立場なら

私もそういっただろう

祖母の兄嫁は 実家の裕福自慢しかしないひとだったが

しかしその実家は本当に裕福で 門に六畳間があってそこに疎開したとか

戦後甥が商売を始めたら 繁盛して 観光バスが来るだけでなく

高円宮夫妻まで来たとか 数年に一度は内容が更新するので

面白かった お茉莉よりは八年くらい後輩で 今のお茶大を出て

裁縫を教えていたひとだったが そのかわり文才はないのだ

そのひとのお話を 足かけ10年くらい聞いた

そして彼女が話さない話を 母や祖母から聞いた

私に文才があれば朝ドラの二本や三本かける道りだが

やったるで精神なしに 小説をものにするってできないなあ

お茉莉のかくものって純文学じゃないしなあ

私小説でも大衆小説でも分類したところで浮きまくるだろうが

贅沢貧乏は 中でも純文学ポイ それでいてエッセイぽい 不思議な

小説で これも小説なのかなって感じ


今 ごちそうさん をみていて 通天閣が 実家が複雑だと言っていて

わくわくして待っていたが どこが複雑なんだ という感じだ

お茉莉の一生が朝ドラになったらそんなもんじゃない

なにせ嫁入りした家には 舅に花柳界上がりのお妾もいて 夫の姉夫婦

二組が三日に空けず夕食に来る 未婚の弟ふたりに妹ひとり 

女中たちもいるし

姑が死んだ部屋や 夫が小間使いに手を付けて子供を産ませていた過去

などなど     

 嫁入る前の実家でも そもそも母親が後妻だ

有名な鴎外の母や 妹(星新一の祖母) 弟たち

その弟のひとりが缶から菓子をくれたが惜しがって次をくれないので

盗んだところ 鴎外に言いつけられ 鴎外が「泥棒もお茉莉がすれば

上等よ」といったことなど 森博士の家でも有名な先妻の子である兄

夫のフランス留学についていった 子供二人を置いて離婚した

再婚した先で 三越も帝劇もないと嘆いたら騙されて実家に帰された

そんなこんなで出来上がったお茉莉が こんなのでも小説になるかと

書いたところのものが贅沢貧乏なのであって

貧者の誇りなんかではないのだ

だいたい矜持ならわかるが 誇りって何だい?

勇者の誇りならわかるが


お茉莉は 威張った感じに書いてるように見えるが その文体は

ふてぶてしくも凛々しい 彼女のたたずまいそのものだ


金を使ってやる楽しみには 本当の楽しさはない とお茉莉は言っている


それは負け惜しみでもないし 貧者の誇りでもない

ホンマでっかで池田先生も披露していたが 本当に楽しい旅行は

お金があっても時間がないか 時間があってもお金がないか

そのどちらかだ とうことだ

人生が旅であるなら お茉莉がいうようにお金を使ってやる楽しみには

本当の楽しさはないだろう


お茉莉の言う贅沢とは 金を使ってする楽しみではない

消費税が上がるからと言って 欲しいものを買うというのは贅沢ではない

必要なものを何時でも買うのが贅沢だ

損をしないように何時でも考えているというのは 贅沢とは対極のことだ

お茉莉の考え出した贅沢貧乏というのは多分に精神的なことである

分に過ぎたおごりも  心のおごりである

金をかけるのではなく 極上が手に入らなければ脳内補てんすると

いうことだ

パリの小道のサロンドテのプチフールが手に入らなければ

自分でチョコレートを削った上に砂糖をかけるという芸当もこなす

貧乏サバランでもあるお茉莉の面目躍如たるところが この手作り

プチフールと あればあるだけ食べてしまう板チョコを毎日一枚づつ

買いに出かける というところだ

誰のためでもなく 自分の中の貧乏サバランを慰めるためにする

奮闘パティシエぶり ぶらぶらお買い物 これぞ贅沢

別にお茉莉は自慢でも得意でもない

大みそかの婚家でも なにも手伝わず小姑と羽根つきをしていたが

それはなんでも心得た花柳界上がりのできた姑と 女中がいるので

することがなかったからであり

ひとりになれば 真夏は日陰と喫茶店を駆使して銭湯にも通うし

ジャー(電子ジャーでなく内側がガラス製で氷を入れて使う 少し大きいが

実家の屋根裏に二つあって あれをワインクーラーに使うとかっこいいと

思うが置く場所がない 広いテラスなどあったら あれに氷を入れて

飲み物と果物を冷やして 読書の友にできるのだが)に冷やした

トマトや肉を使ってスープなどもつくるお茉莉なのだ


ああ どこまでが贅沢貧乏に書いてあったことだったか

実家に行って 贅沢貧乏の文庫本を持ってこようかな

とにかく お茉莉が死んでしまってからじゃ 小説全集みたいなものに

一巻目に載っても お茉莉に印税は入らないし 生きてれば鴎外は

二巻目なのに一巻目にのったと喜んだかもしれないな

それでも 貧者の誇り とか分類されたら 怒りのマリアになって

罵ってくれたでしょうね


この巻名でよろしいでしょうかという断りもなく とかなんとか

代わりに怒りとぼやきを続けたいけれども お目汚しになるし

エネルギーが尽きるし 語彙が爆発しない今日この頃

ボケ防止脳トレでもしなくちゃダメでしょうかね

お茉莉は年なので転ぶと 大丈夫ですかといわれるが

六つのころからこうなんだと怒っていたが

70すぎてもドッキリチャンネルを称して もうとしなのでこういう

軽いもので終わりたい というくらいの頭は持っていた

あやかりたいものです







  


Posted by massan&junjun at 01:09Comments(0)