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2010年07月24日

記念品今昔

 



じゅんじゅんです

暑いですね

この頃UPする話題が 自作のお弁当ばかり

確か年初めに 文章の精度がどうのこうのという駄文を読んだ気がするが

とお思いの諸兄 ごきげんよう

好きでお弁当の話題ばかりUPしてたわけじゃないのですが

根が凝り性なものだから それに毎朝 まっさんが期待のまなざしで

見てるものだから ついつい。。。私にも幼稚園からOL時代まで

足掛け20年以上 作り手が母から定年後の父にかわるまでお世話に

なった記憶のある お弁当

まさか子供の為でなく新婚時代でもなく 結婚13年にもなって

お弁当作ることになるとは まったく 人生何が待ってるかわかりません

 さて 「何も持たずに来れますか?」と緊張のあまり青くなった顔で

問うてくる恋人もいないので 狭い我が家には本来実家を飾っているべき

記念品などさえ 持ち込んで「少しはかたづけなさい」というまっさんの

小言を聞かない日はありません。




この写真のBABYは生後100日の私

このブログに初登場だというのに 奇跡の美少女時代の写真にすれば

よかったなあと後悔(笑

なにせ仮死状態で生まれたので超過保護に育てられ

このころのあだ名は「若秩父」  あるお相撲さんの四股名(泣

母の母乳を吹いてしまうので 人工栄養 そう 粉ミルクで育ちました

私が生まれたころは 森永粉ミルク事件やサリドマイド被害など 

いろいろあって 私にとってはこれらの事件は

単に年表状のものではなく感じられます

丸々したBABYですが この写真の後 喘息になり がりがりに

今でも「造影剤入れてCTを撮るのが確実」という事態でも

「喘息が。。。」「やめておきましょう」と検査が進まない

という弊害があります。

この写真立てつき時計 「いかにも記念品」然としています

裏に 「川崎市長」と白字で入っています

父が贈られたもので 父は民生委員や社会福祉協議なんたらなど

いわゆるボランティア活動を会社勤めの合間にしていたので

その活動を慰労されての記念品だと思いますが

本人は全然興味がなく しまわれていたので 私が出して使って

いたのです

子供のころから 外から贈られた「いいもの」は私が一番にだして

使うので「新しいものから使う」と叱られていました

死蔵してるより「今」楽しもう それが私の考え方

 昔の記念品は時計が多かった あと盾とか

結婚式の引き出物も (結婚できない男の阿部寛いわく)

「一生使わないような」絵皿なんかでしたが 最近はカタログが多い

ようですね。

まっさんの会社の「創業60年(だか70ねんだか)」の記念品も

カタログで まっさんも姑も いつもカタログというと私に

選ばせてくれます

まっさんは最初「勤続30年記念」の贈り物だと勘違いして喜んでいました

が「ちがったね」「ちがった。。。でも先輩が酒をくれた」

父のころは 勤続25年とかに 銅製の花瓶 などが贈られていました



そのカタログで選んだのがこのペア・カップ

どちらかというと コーヒーカップなのかしら

中が真っ白ですから ティーカップならもう少し横に広く

中にも絵柄があったりしますよね

ただこの絵柄のカップが前から好きだったので迷わず選んでいました

シナモンコーヒーなぞ入れて飲んでみたい

まっさんがシナモンOKかどうかわかりませんが。  


Posted by massan&junjun at 11:10Comments(0)