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2009年07月11日

庶民の家

まっさんです。

今まで、貴族や武家の住居を中心レポートしてきましたが、本日は庶民の

住居に絞ってレポートします。

庶民の家は、長らく竪穴式住居が用いられていたのです。竪穴式とは、直

接、地面が生活の場となる住居を意味します。何と中世の初期くらいの時

期といいますから、1100年代から1200年代位まで使われていたこ

とになります。

最初に現れた住居は、土間部分と床座部分が分かれている二室住居(にし

つじゅうきょ)です。そして、広間型住居(床座の部分が広間と寝間に分

割)へと進化しました。そして、よくしられている田の字型住居が見られ

るようになってきます。

近世に入ると、庶民階級の中にも力がつける者が現れてきました。彼らは、

自分の地域の実情にあった建物を建築し始めたのです。

まず、岩手県南部の曲屋(マガリヤ)、秋田県、新潟県にみられる中門造(チ

ュウモンヅクリ)、長野県南部の本棟造(ホンムネヅクリ))、飛騨白川郷、

富山県五箇山の合掌造、佐賀県のくど造、大阪南部や奈良地方の大和造が

有名です。

これらの建物は、土間の部分に馬屋を設けたり、生活に密着した仕様がみ

られます。素朴な味わいがあって、実に日本的な原風景を見た気がします。

なお、下の写真は、本棟造です。玄関が設けられたり、屋根に棟飾りが設

けられるなど、庶民の家も格式を重視した造りが流行してきた姿が見れま

す。face02

今日はここまで。

  


Posted by massan&junjun at 20:28Comments(0)